人は見たいものしか見えない:カエサル
『いまここ』を見たいものしか
見ていない結果が
『いまここ』
愉しいですか?
苦しいですか?
息を吐いて吐いて
ゆっくりと息を吸います。
肩の力がに抜けるまで
息を吐いて吐いて
ゆっくりと息を吸います。
あなたは、『いまここ』何をみて
何を感じていますか?
すべては、そこ
『いまここ』
変化を恐れていませんか?
生き方を変えるサイン
ラッキーな人は何を
軽い時や違和感で気が付くかもしれない。
多くの人は、いつもと違う身体の感覚に
包まれて、『苦悩』となって
迷い始める。
あるいは、
身体が動かなくなって
自分の身体でないような感じになり、
多くの人は、「大変だ~」と悩み始める。
沢山の病名を貰って
あがき始める。
「自律神経失調症」
「がん」
「原因不明」
あがき始めて
・・・戦う・・・
そうなんです。
いままでエネルギーが高いときは、
戦えるんです。
戦っても良いんです。
あがき始めて
・・・戦う・・・
戦う生き方を変える
・・・サイン・・・
戦うことも含めて
認める生き方に換える。
認めると
力がぬけてくる。
視野が広がってくる。
景色が鮮やかに見えてくる。
そのこころの流れは、
『死ぬ瞬間』
「死とその過程」の
同じ第5段階を体験する。
1.否認と孤立
2.怒り
3.取り引き
4.抑うつ
5.受容
死ぬよりもずっと前に
これに「気付いたら」
どんな生き方になるでしょうか?
ジャッジし合いながら戦う生き方から
活かし活かされる生き方へ
『生き方を変えるサイン』
気付けます様に
それは『いまここ』に生きる生き方でもあります。
キラキラ ワクワク
腹落ちした~(笑)
こころの会話が「いまから」を創る
『いまここ』の大切さ
いま、何を感じ取るか?
ここち良い方を選ぶ。
いまここに居られない訳が
「こころの会話」
ちからを奪う言葉は、
自己免疫不全の様に
自分を守るために
忘れないように防衛反応で
繰り返される。
繰り返し、繰り返し
『念』:いまのこころとなり、
繰り返し、繰り返し、
同じことが起きてしまう・・・
さらに
「やっぱり・・・」と
同じことのくりかえし
そして
『自分はついてない』
『自分は不幸だ』
『自分は生きている価値がない』
そして、
脳の細胞も死んでしまう。
これが「鬱」の正体。
ただただ、
「いまここ」に生きる。
「いまここ」で生活する。
生きることを活かす。
自分を傷つけています。
自分を虐待しています。
自分で気が付かない。
自己反省は、もうしてはいけない。
あかるい光を感じてください。
大きく息を吐いて
息を軽く吸って・・・
「いまここ」に生きて活かして活かされる。
生きている実感がわいてくるまで、
ゆっくりと
いまここの自分を取り戻してくださいね
とてもシンプル~
「いまここ」
悩み、苦しみは、過去の産物
辛いこともすべて経験と言う糧
過去の産物を大事に抱えて
その苦悩の中に
丸で檻の中に閉じ込められているかのように
その過去の中で死んだように生きている、
その檻は、低い囲まれただけの塀なのに
いつでも自由に行き来きできるのに
思考と言う檻の中、
何度も何度も繰り返し
自分を守るために
まるで、自己免疫疾患の様に
その刺激は、脳細胞が死滅していく
人は、それを「鬱」と言う。
その檻から出るために
その檻から出たいと心から思う事。
そして、思考を手放して
『いまここ』感じる。
それから、心地いい感覚の方を選んでいく。
あかるく暖かい方へ
シンプルにただただそれだけ